こころの栄養(連載コラム)

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第十一回

松下幸之助に学ぶ
運を強くする言葉 vol.1 物の見方・考え方 大江弘

大江弘(おおえ ひろし)
PHP研究所経営理念研究本部社会活動部部長。富山大学卒業後、PHP研究所に入社。松下幸之助の思想研究を踏まえ、国内外において会社員のみならず、大学生から高齢者まで幅広い層に向け講演、執筆活動に取り組んでいる。また、親・保護者を中心として教育問題にも力を注ぎ、行政の審議会委員を務めるとともに保育園、幼稚園、PTAでの講演等においても活躍中。

運命が人生のすべてを決めているとすれば、苦労する甲斐(かい)も努力する意味も、さらには生きる張りあいもなくなってしまうでしょう。晩年、松下幸之助(まつしたこうのすけ)は、私たちの人生は運命によってほぼ決められているとしつつ、だがそれはおそらく九割程度、残り一割は私たち次第ではないかと述べています。

そしてその一割を、お互いにどう生かすかで、運命が燦然(さんぜん)と光り輝くかどうかが決まるというのです。その一割を生かすために最も大切なこと、それが、どのように人、物、社会を見、考えるか、つまり物の見方、考え方です。

それでは、運を引き寄せ、運命をより幸福へと導く物の見方、考え方について、松下幸之助の言葉をご紹介していきましょう。

松下幸之助の言葉は、読みやすいよう一部手を加えているところがあります。

松下幸之助ってどんな人?

パナソニック(旧松下電器産業)グループ創業者。1894年、和歌山県の裕福な家庭で8人兄弟の末っ子として誕生。父が米相場で失敗し破産、尋常小学校を中退し9歳で単身大阪に出て、火鉢店、自転車店に奉公の後、大阪電燈鰍ノ勤務。26歳までに、7人の兄姉、父母が亡くなる。20歳でむめの夫人と結婚し、23歳で松下電気器具製作所を開設。終戦後の1946年11月、「繁栄によって平和と幸福を」の強い思いからPHP研究所創設。94歳で没。

  • 物事をよりよく見る言葉
    円錐形(えんすいけい)は、見る角度によって円にも三角形にも見えます。お互いの暮らしでも、見方次第で喜んだり落胆したりするなど、気持ちも行動も変わってきます。運を拓(ひら)くうえで大切な物の見方とは、どんなものなのでしょうか。
  • どういう見方をしようと自由です。だから、少しでも自分のプラスになるような見方をすればよい。
    同じ一つのことでもいろいろと違った見方ができます。とはいえ、好き好んで自分の心を暗くし、人生の歩みを弱めるような見方をする必要はありません。思い切って見方を変えてみましょう。きっと人生も変わってきます。
  • この世に無用のものはないという認識をもち、すべてのものの活用をはかっていかなければならない。
    毒の水だった石油がエネルギーに、食物を腐らせるばい菌だったアオカビが薬になりました。無用かどうかはそれを生かせる知恵があるかどうかです。人も同じ。万物万人、すべて生かし方次第。無用のものはないのです。
  • 私たちが今生きている人生は、それぞれに自分だけにしか歩めない貴重なものです。
    “隣の芝生は青く見える"の喩(たと)えの通り、他人の人生は恵まれているように見えがちです。でも、他人の人生をうらやみ、妬(ねた)む暇などありません。自分だけに与えられたこの人生を生き切るために、全力を注ぎたいものです。
  • 一見平穏無事の日々にもさまざまな体験があり、それらがすべて人生の糧となる。
    特別な出来事のない、昨日と変わらない一日。とはいえ、同じ毎日などありません。自分自身、年を経ているし社会も移り変わっています。平凡な一日にも学ぶものは必ずあります。大切なのはそれに気づくかどうかです。
  • 欲望を、お互いの不幸を招くために使ってしまうかどうか、それは人間自身が決めること。
    欲望は、自動車ならエンジンのようなもの。これがあってこそ力強く、遠くまで走ることができます。しかし、運転する人間によっては、暴走して他人に迷惑をかけかねません。欲望は正しく上手に生かすことが大事です。
  • ゆがんだレンズを通せば、まっすぐな棒でも曲がって見える。
    赤色のレンズ越しに見れば、白い紙でも赤く見えます。同様に、私たちの心に先入観やとらわれ、私欲私心があれば、正しいものでも誤って見えます。お互い折にふれ、正しく物を見ているかどうか顧みることが大切です。
  • われわれ人間はたえず悩みにつきまとわれる。問題はそれをどう考えるかである。
    悩みごとが一つもない人はほとんどいないでしょう。そうであれば、いちいち悩みにとらわれて心を暗くするのではなく、成長の糧として前向きに受け止め、思い切ってぶつかってみる。きっと思いもかけない喜びが得られます。
  • 私たちが日々取り組んでいることは、すべてが失敗であり、またすべてが成功であるともいえる。
    物事が思う通りになったといって有頂天になるほどのことはありません。成功は油断を生み、しばしば失敗の原因になるからです。また失敗したからといって、落胆することもありません。失敗は成功のもとになるからです。
  • 怖いものがあるのは、ありがたい。これがあればこそ、辛うじて自分の身も保てるのである。
    つい私欲に走る、なすべきことを怠る……。どんなに立派な人もときに心が緩み、好ましくないことをすることがあります。その際、身近に怖い人がいれば身を正せます。怖い人をもつことは自分のためなのです。
  • 世の中に絶対の確信など、あり得ないし持ち得ない。みな一応のもの、仮のものである。
    “絶対できない、不可能だ"ということも、“絶対にこうしなければならない"ということも本来あり得ません。引力などの普遍的な原理原則はともかく、そうでないものについては自由に発想し、やってみることです。
  • 長所を見ることに七の力を用い、欠点を見ることに三の力を用いるのが、大体当を得ている。
    自分の欠点は棚に上げ、気がつくと他人の欠点ばかりあげつらっているということはないでしょうか。それでは良い人間関係、協力関係は築けません。誰にも長所は必ずあります。まずその長所を見るよう心がけましょう。
  • 昔から「勝負は時の運」といわれるが、それはあきらめの言葉だ。勝負は断じて力の相違である。
    運が勝敗を左右することがないわけではありません。だが、最後に勝敗を決するのは、弛(たゆ)みない努力や修練によって裏打ちされた実力です。もし運ですべて決まるとすれば、努力のしがいも、成し遂げたときの喜びもなくなります。
  • 参考となることは、たとえ好感のもてない人の言動もどしどし取り入れて、判断力養成の資とすべき。
    好感がもてる人の注意や指導は素直に受け入れられても、そうでない人のものには反発し、受け入れようとしないことが多いのではないでしょうか。みずからの糧となるせっかくの教え、いずれからも謙虚に学びたいものです。
  • 恵まれた生活も結構だし、恵まれない暮らしも結構、何事も結構という気持ちが大切。
    “禍福はあざなえる縄の如(ごと)し"といいますが、順境にあったのが一転逆境に陥ったり、また順調に行くようになったりと、まさに人生は山あり谷あり。順境、逆境のたびに一喜一憂せず、大らかな気持ちで歩んでいきましょう。
  • 自分は自分で教育しなければならない。そしてあわせて他から教育されないといけない。
    ただ人の教えを待つだけでは何も身につきません。熱意をもってみずから学んでいく姿勢が欠かせないのです。とはいえ、何でも自分だけで習得できるものでもありません。他からの教えに謙虚に耳を傾けることも大切です。
  • 自分に対する評価を誤っていると、してはならないことをし、しなければならないことをしない。
    自分を過大評価すると、力の及ばないことにまで手を出して失敗しかねません。逆に過小評価では、できることでも、はじめからあきらめてしまいがちです。自分の力を正しくつかむことが、着実な成功に通じるのです。
  • いかなる障害にぶつかっても、終始“幸せであるべき自分である"という固い信念をもちつづけたい。
    “しょせん自分の人生はこんなもの"と考えたのでは、良くなるものも良くなりません。自分は幸せであるべきという信念に立ってこそ、たとえ逆境に陥っても、本来の幸せな姿が取り戻せるよう懸命に頑張れるのです。
  • 考え方で幸せに近づく言葉
    この世には、人生の糧や指針となる多くの知恵、考え方があります。それを学ばないというのは大きな損失でしょう。機会があれば積極的に吸収し、みずからの人生にどんどん生かしていく。そうした姿勢が幸せを招くのです。
  • 無理をしないということは、理に反しないということ、言いかえると、理に従うことです。
    無理をしなければならないときもあります。でも、基本的に無理は長続きしません。力が尽きたり健康を害したり、また理に適(かな)っていないからなかなか思うように事も運びません。無理せず一歩ずつ歩んでいきましょう。
  • どんな境遇にあろうとも、自分自身が満足しているのでなければ幸せ感は生まれない。
    宝くじが当たっても、莫大(ばくだい)な財産をもった人には感激が薄いでしょう。また、自分で失敗だと思っている料理をどれほどほめられても、あまりうれしくはありません。喜びも幸福感も自分自身が満足してこそです。
  • 一歩進み、一段上った時に、もう一歩、もう一段上ってやろうという心の用意だけはもっていた。
    目標をもって努力するのはきわめて尊いことです。しかしさらに尊いのは、目標に到達して終わりというのではなく、その達成を喜びつつも次に向かって歩き始めること。その繰り返しがより大きな幸福に通じるのです。
  • これといった生きがいももたず、ただ何となく毎日を過ごすのは、決して幸せな人生とはいえない。
    一分一秒が貴重な人生の一こまです。それをわずかでも無為に過ごすのは、もったいないことといえましょう。充実した人生のために、自分なりの夢や目標をもち、その実現に向けて全力を尽くしていきたいものです。
  • 人間の願望の達成というものは、願望の程度に応じて成り立つものだと思うんです。
    できたらいいなあと漠然と思っているだけでは、物事は成し遂げられません。石にかじりついてでもというほどの強い思いがあればこそ、新たな知恵が生まれ、周囲からの協力も集まって、望みは達成されるのです。
  • 何ら努力をせずして、また精神を集中せずして、あるコツをつかむということはできない。
    何事もコツをつかむことが大切です。コツがつかめてこそ、事をスムーズに運べ、良い成果も上がるといえるでしょう。しかしコツは尋常なことではつかめません。強い熱意、厳しい試練、そうとうの努力が必要です。
  • 衆知を集めることは大切。だが、衆知を集めて決定するのは自分でやらないといけない。
    どれほど知恵をたくさん集めても、それだけでは単なる情報の固まりにすぎません。そこから何を捨て何に着目するか、自分で最終的な決断を下し、進むべき方向を定めてこそ、貴重な人生の糧として生きてくるのです。
  • 成功する人と失敗する人はどこが違うのかをせんじつめていくと、失敗するほうには“私"がある。
    みずからの行いが正しく理に適っているかどうかを考えるか、自分にとって損か得かと考えるか。判断の基準が異なれば、結果も変わります。やはり、私欲私心をはさまず、道理に適った行き方のほうが成果は上がります。
  • 人より十倍よけいにごちそうを食っても、必ずしも十倍よけいに幸せが味わえるわけではない。
    お金にしろ地位にしろ、あるいは服や装飾品などにしろ、“もっともっと欲しい"となるのが人情の一面です。しかし、無闇(むやみ)に多くを得ても幸福感は高まりません。やはり、真の幸福に通じる鍵を見出(みいだ)すことが大切なのです。
  • スピーディな働きも合理化も結構。けれどただそれだけの生活では人生飽きがくるだろう。
    迅速かつ合理的に事に対処することは、現代を生きる私たちには欠かせません。一方で、機械ではない生身の人間にとって、のんびり過ごすひと時や友人との他愛(たわい)のないおしゃべりなども、なくてはならない人生の彩りです。
  • 成功というのは、自分に与えられた天分を、そのまま完全に生かし切ることだと思います。
    桜は桜として、たんぽぽはたんぽぽとして精一杯美しい花を咲かせることが、それぞれにとって成功ではないでしょうか。私たちも同様です。天与の資質や個性を生かし切るところに、達成感、充実感が得られるのです。
  • 真の富は心の富である。やはり人として、第一義は心の富をかちうることであろう。
    心の富とは何でしょう。おそらく他者への慈愛、誠実さや礼儀、さらには知性、孝心などで、ひと言でいえば人間としての徳と考えられます。またそれは、私たちが幸せに生きるために修めるべき心のあり方でもあります。
  • こわいもの知らず、ということほど危険なことはない。
    よく蛮勇と勇気は異なるといいます。蛮勇は相手の力のほどを弁(わきま)えず闇雲にぶつかることで、概して惨敗に終わります。一方、相手の力や怖さを知りつつ人事を尽くして立ち向かうのが勇気で、幸運を引き寄せる力です。
  • 喜べども有頂天にならず、悲しめどもいたずらに絶望せず。
    喜ぶべきことは大いに喜ぶべきですが、それも過ぎれば油断を生み、思わぬ失敗をしかねません。悲しいことがあれば悲しんで当然。とはいえ、それも過ぎれば前に進めなくなります。何事もほどほどを心がけたいものです。
  • 財宝はときに散逸するおそれもあるが、いったん体得した勤勉のクセは一生を通じての宝である。
    勤勉に限らず、読書や適切な食生活など、体得していれば人生に役立つ習慣がたくさんあります。とはいえ、それらは自然に身につくものではありません。怠ることなく地道に実践しつづけてこそ、ようやく習慣になるのです。
  • ともすればグニャッとなる気持ちを、自分で叱りつけ励ましていくことがどうしても必要だと思う。
    強い意志をもって取り組んでいても、誰しも時としてやる気を失い、くじけそうになるもの。けれども、へたり込んだままというわけにはいきません。みずからを鼓舞し、立ち上がって再び歩みを進めることが大切です。
  • 偉い人より、自分は近ごろつくづく、まずいい人と言われるようになりたいと考えるようになった。
    人生の喜びは人それぞれです。お金持ちになること、高い地位につくこと、他人から尊敬されることなど、いろいろ考えられるでしょう。しかし、人生に真の喜びをもたらすのは、愛される人になることではないでしょうか。

(出典:「PHPくらしラク〜る」2012年10月号)


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